そこいらの気になる人物編 田口孝子さん Vol.4




先日アップしたばかりですが、このまま田口孝子さんの第4弾です。
実は一気に書けていたのですが、ちょっと長文になってしまったので分割にしました。

一般的に医療とは無関係の皆さまにとっては、聖域のようなイメージの看護学校での集団生活。
多くの方は、白衣の天使という言葉を彷彿させる世界を想像することと思います。

残念ながら孝子さんに聞いた限り、一つも華やかな話にはならず、あたかも運動部の合宿のような凄惨な世界だなと感じました。

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寮生活のベースは毛呂山(もろやまって読みます)という埼玉の少しばかり奥地。
土地勘があれば、飯能やときがわの間というだけで埼玉のローカルサイドだとわかる。

今も夏はホタルが飛び、キャンプで川遊びを楽しみにいく方面だ。
東松山に子供自然動物園が出来たあたりからこのあたりのエリアは開発が進んだが、それまでは森林公園とか越生梅林などしかイメージできない様な自然豊かなエリアでした。
昭和の終わり頃は携帯も付近にコンビニもなく、また寮ではテレビも見ることができない。
外界の情報と遮断された学校と寮を往復するだけの三年間は、あたかも比叡山や高野山での僧侶の修行に近いという感じだったそうです。


どうやら、その頃の孝子さんは寝てしばらくすると寝ぼけたまま活動を開始する癖があったらしい。
寝ぼけたま「私の馬の鞍知らない」などと各部屋を訪問したり、でかい声でまるまる一曲歌い上げたり、毎晩のようにリンダ・ブレアが霞むほどの大活躍だっそうだ。
アメリカなら間違いなくエクソシストを呼ばれるほどの酷い状況だったらしい。


いまでも、時々真夜中に突然でかい声で何か指示を飛ばしたりして起こされることがある。
その都度、目覚めるぼくと犬はお互いに困った顔で見つめ合うのだが、そのまま話し続けることもあるので、適当にあしらっていると会話ができたりもする。



看護学校を卒業した後は、著名な思想家の影響を受けたことでインドに行こうとしたり、僻地医療に興味を持ったりしながらも、現在の緩和医療の分野に行き着く。


孝子さんは、特にう●こを掘り出す技術には絶対の自信を持っていて、多くの患者を幸せに導いている。

結婚指輪を探す時にも基準にしたポイントが、●んこが絡みつきにくいシンプルなデザインということで、思えばショップ店員さんからは早々に放置された気がする。

かくして、今日も孝子さんは誰かのうん●を掻いていることと思う。
とはいえ身体の自由を失い、食べることも叶わず喋ることさえできなくなった状況においては、排泄こそが最大の喜びとなる。
その視点に立てば、看護師は天使にも観音様にも見えようというものだ。

幼児がこの手のものを好きなのは、快楽に通じるからという説もある。

ただ、残念ながら制服は完全な白ではない。
サイドに入った赤いラインのデザインは秋田新幹線のこまちを連想させる。
シン〇リオンの様である。強そうだ。

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※こちらは、本物の味噌です。

仕事から帰ってきた孝子さんは、晩メシをほおばりながら「よく洗ってるんだけど、たまに匂いが残ってる時があるんだよね」などと明るく話す。
結果として、夫であるぼくがキッチンの担当になり、技術を向上させているのも必然といえる。




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